東ヰンドの奇妙なブログ
2013年8月4日復活!生粋の初田悦子のファン、東ヰンドの奇跡の賢者のブログです。地味に地道に綴っていきます。 2020年6月以来休眠状態になっていましたが2023年5月11日に再開!! 旧東ヰンドの奇妙なブログもぜひどうぞ☆ http://plaza.rakuten.co.jp/higashiindo/
シリーズ7回目。
まだ山場らしいところすら迎えていないのに
当初の執筆予定回数を超えた。(笑)
ま、人とはそんなもの。楽しいから良い良い。
では参りましょう!
『12年前の今ごろ何をしていたか』
これまでの流れは
①→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/124/
②→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/125/
③→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/126/
④→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/127/
⑤→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/128/
⑥→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/129/
をご覧になっていただきたい。
そうして、4月に中国語を学び始めてから10ヶ月が経った。
最初の講義で唖然愕然とさせられた中国語経験者集団だが
7月くらいの時点で、追いついたどころか完全に抜き去っていた
という明快な実感があった。
同じ中国語学科の同級生の中でも
中国語を学ぶことに対するワタクシの気持ちは
群を抜いて強かったのではないかと今でも思う。
経験者といっても
所詮は高校の第二外国語で習った程度。
4月の時点ではよく分からなかったが、
大学で専攻するのとでは習得の度合いは雲泥の差であった。
ましてや、やる気が違うのでは。
夏、秋、冬とだんだんと季節が移り変わっていったが
ワタクシは中国語にのめり込む一方。
地元の友人などに話しても誰も共感してくれなかったが
それはたぶん伝え方が悪かったのだと思う。
ワタクシ自身は
中国語を学ぶことが楽しくて仕方がなかった。
1年次も終わりに近づいたころ、大学でこんな通達があった。
1ヶ月間の短期留学参加希望者募集。
大学では1月中旬~下旬のテスト期間が終わると
次年度の入学試験との絡みもあって
2月~3月はほぼ休暇期間になるが
ワタクシにはその期間がなんだか勿体無いように思えていた。
中国語を学ぶ(学べる)環境から離れるのが嫌だった。
もちろん自宅で自学するのもアリだし
それはそれで重要なのだが
言語を学ぶということは、その特性上、
講師に習い&倣い他の人と一緒に学ぶ時間も
極めて重要だ。
で、そんなことを考えていた矢先の短期留学の話。
こうなると、あまり迷いはなかった。
せっかく中国語を約1年間学んできたのだから、
中国に行って実際に中国語を使ってみたい
という気持ちもあった。
それに、単なる訪問や観光目的で行くのではなく
勉強しに中国に行くということが
ワタクシにはとても魅力的に感じられた。
いくら物価の安い中国とはいえ、
1か月も海外に行くのだからそれなりに金がかかる。
が、両親に「短期留学に行きたい」ということを
相談するとその参加を快諾してくれた。
私立大学に通うだけでも負担をかけているというのに
その上短期留学の費用の工面までお願いするのは
気が引けなかったといえば嘘になるが、
その時はそれよりも短期留学をしたいという思いが強かった。
親はどちらも言語を学ぶことに興味を持つ可能性すらないので
ワタクシの主張が理解してもらえるのか不安もあったが
きっと、その1年間のワタクシの中国語学習への真剣さを
見ていてくれたのだろう。
こうしてワタクシは、大学1年の春休み期間、
具体的には2月末から3月末の約1ヶ月間を
中国で過ごすことになった。
行き先は、中華人民共和国の首都 北京。
⑧につづく。
まだ山場らしいところすら迎えていないのに
当初の執筆予定回数を超えた。(笑)
ま、人とはそんなもの。楽しいから良い良い。
では参りましょう!
『12年前の今ごろ何をしていたか』
これまでの流れは
①→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/124/
②→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/125/
③→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/126/
④→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/127/
⑤→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/128/
⑥→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/129/
をご覧になっていただきたい。
そうして、4月に中国語を学び始めてから10ヶ月が経った。
最初の講義で唖然愕然とさせられた中国語経験者集団だが
7月くらいの時点で、追いついたどころか完全に抜き去っていた
という明快な実感があった。
同じ中国語学科の同級生の中でも
中国語を学ぶことに対するワタクシの気持ちは
群を抜いて強かったのではないかと今でも思う。
経験者といっても
所詮は高校の第二外国語で習った程度。
4月の時点ではよく分からなかったが、
大学で専攻するのとでは習得の度合いは雲泥の差であった。
ましてや、やる気が違うのでは。
夏、秋、冬とだんだんと季節が移り変わっていったが
ワタクシは中国語にのめり込む一方。
地元の友人などに話しても誰も共感してくれなかったが
それはたぶん伝え方が悪かったのだと思う。
ワタクシ自身は
中国語を学ぶことが楽しくて仕方がなかった。
1年次も終わりに近づいたころ、大学でこんな通達があった。
1ヶ月間の短期留学参加希望者募集。
大学では1月中旬~下旬のテスト期間が終わると
次年度の入学試験との絡みもあって
2月~3月はほぼ休暇期間になるが
ワタクシにはその期間がなんだか勿体無いように思えていた。
中国語を学ぶ(学べる)環境から離れるのが嫌だった。
もちろん自宅で自学するのもアリだし
それはそれで重要なのだが
言語を学ぶということは、その特性上、
講師に習い&倣い他の人と一緒に学ぶ時間も
極めて重要だ。
で、そんなことを考えていた矢先の短期留学の話。
こうなると、あまり迷いはなかった。
せっかく中国語を約1年間学んできたのだから、
中国に行って実際に中国語を使ってみたい
という気持ちもあった。
それに、単なる訪問や観光目的で行くのではなく
勉強しに中国に行くということが
ワタクシにはとても魅力的に感じられた。
いくら物価の安い中国とはいえ、
1か月も海外に行くのだからそれなりに金がかかる。
が、両親に「短期留学に行きたい」ということを
相談するとその参加を快諾してくれた。
私立大学に通うだけでも負担をかけているというのに
その上短期留学の費用の工面までお願いするのは
気が引けなかったといえば嘘になるが、
その時はそれよりも短期留学をしたいという思いが強かった。
親はどちらも言語を学ぶことに興味を持つ可能性すらないので
ワタクシの主張が理解してもらえるのか不安もあったが
きっと、その1年間のワタクシの中国語学習への真剣さを
見ていてくれたのだろう。
こうしてワタクシは、大学1年の春休み期間、
具体的には2月末から3月末の約1ヶ月間を
中国で過ごすことになった。
行き先は、中華人民共和国の首都 北京。
⑧につづく。
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さぁシリーズ6回目。
かなりの文字数書いてる割に
なかなか佳境にも差し掛からない!(笑)
『12年前の今ごろ何をしていたか』
これまでの流れは
①→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/124/
②→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/125/
③→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/126/
④→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/127/
⑤→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/128/
をご覧になっていただきたい。
そういった気持ちの上でのいろいろがあって
中国語の各講義が始まった。
1週間に中国語総合3コマ、中国語会話2コマ、中国語作文1コマ。
ここで、もうひとつ意外な展開が待ち受けていた。
中国語(普通話)について
ご存知ない読者の方もいると思うので
少しだけ解説しておくと、ワタクシたち日本人にとっての
中国語における最初で最大の関門は!
発音。
正しい発音ができるかどうかが
中国語習得のすべてであるといっても
過言でないくらい。
逆に、しっかり中国語を学ぼうと思ったら
まず初歩の段階で、発音をとにかくみっちりど~っさり練習して
確実に自分のものとして身につけておかなければならない。
・・・ということを
中国語総合の講義でも!
中国語会話の講義でも!
中国語作文の講義でも!
まったく同じように教示され、
いずれの時間もすべて発音の練習だけをやるところから
ワタクシの中国語学習は始まっていった。
このあたりはさすが中国語学科!
本当に一から中国語を習得できるように
カリキュラムだけでなく内容も含めて設定されているわけだ。
で!
2002年の4月に神田外語大学の中国語学科に
入学してから1か月間、ゴールデンウィーク前まで、
漢字など一文字も教わることなく、
拼音(ピンイン)と呼ばれるアルファベットと
ひたすらにらめっこしながら、
アーイーウーと声を出すだけの日々が始まる。
中国語といえば漢字というありふれたイメージとは裏腹に
黒板に並ぶのは変な記号のついたアルファベットのみ。
もちろん、どの講義でも講師一同、
それが中国語学習の第一歩であると口を揃えておっしゃるのだから
間違いはないのだろうと思いつつも、
一体何を学びに来ているのだろうか?と
不思議な感覚に包まれていたのをよく覚えているよ。
ハハハ。懐かしい話だ。

↑『簡明実用漢語課本』の第四課。
パランカ・クーパーと共に、初めて漢字の文が登場。
すなわち第一課~第三課までは発音に関する内容のみだったということ。
漢字の上に付加されているアルファベットが拼音(ピンイン)。
日本語には無い発音(ユーウムラウト、反り舌音など)の発声方法。
4つ(+1つ)ある声調の聞き分け、言い分け。
体感したことのないその世界は、まさに夢のようだった。
学校だけでなく、家でもずっと
(中国語の)テープを聞いては戻し聞いては戻し・・・
ある時はテープに合わせて拼音を読んでまた読んで・・・
これまでの人生で
あんな時間の過ごし方はあの時だけだな。笑
そう思い返せるほどの、超連続リピート。
当時使ったテープは今はどっかにいっちゃって
この記事を書くにあたって結構探したんだけど見つからなかった。
写真を載せられないのが残念で仕方ない。
それまでの積年の思いが叶って
今、中国語を学んでる!わぁ~!!って
充実感を感じられて、すごく楽しかったけどね。
⑦につづく。
次回からはいよいよ北京の話に入ります。
かなりの文字数書いてる割に
なかなか佳境にも差し掛からない!(笑)
『12年前の今ごろ何をしていたか』
これまでの流れは
①→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/124/
②→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/125/
③→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/126/
④→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/127/
⑤→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/128/
をご覧になっていただきたい。
そういった気持ちの上でのいろいろがあって
中国語の各講義が始まった。
1週間に中国語総合3コマ、中国語会話2コマ、中国語作文1コマ。
ここで、もうひとつ意外な展開が待ち受けていた。
中国語(普通話)について
ご存知ない読者の方もいると思うので
少しだけ解説しておくと、ワタクシたち日本人にとっての
中国語における最初で最大の関門は!
発音。
正しい発音ができるかどうかが
中国語習得のすべてであるといっても
過言でないくらい。
逆に、しっかり中国語を学ぼうと思ったら
まず初歩の段階で、発音をとにかくみっちりど~っさり練習して
確実に自分のものとして身につけておかなければならない。
・・・ということを
中国語総合の講義でも!
中国語会話の講義でも!
中国語作文の講義でも!
まったく同じように教示され、
いずれの時間もすべて発音の練習だけをやるところから
ワタクシの中国語学習は始まっていった。
このあたりはさすが中国語学科!
本当に一から中国語を習得できるように
カリキュラムだけでなく内容も含めて設定されているわけだ。
で!
2002年の4月に神田外語大学の中国語学科に
入学してから1か月間、ゴールデンウィーク前まで、
漢字など一文字も教わることなく、
拼音(ピンイン)と呼ばれるアルファベットと
ひたすらにらめっこしながら、
アーイーウーと声を出すだけの日々が始まる。
中国語といえば漢字というありふれたイメージとは裏腹に
黒板に並ぶのは変な記号のついたアルファベットのみ。
もちろん、どの講義でも講師一同、
それが中国語学習の第一歩であると口を揃えておっしゃるのだから
間違いはないのだろうと思いつつも、
一体何を学びに来ているのだろうか?と
不思議な感覚に包まれていたのをよく覚えているよ。
ハハハ。懐かしい話だ。
↑『簡明実用漢語課本』の第四課。
パランカ・クーパーと共に、初めて漢字の文が登場。
すなわち第一課~第三課までは発音に関する内容のみだったということ。
漢字の上に付加されているアルファベットが拼音(ピンイン)。
日本語には無い発音(ユーウムラウト、反り舌音など)の発声方法。
4つ(+1つ)ある声調の聞き分け、言い分け。
体感したことのないその世界は、まさに夢のようだった。
学校だけでなく、家でもずっと
(中国語の)テープを聞いては戻し聞いては戻し・・・
ある時はテープに合わせて拼音を読んでまた読んで・・・
これまでの人生で
あんな時間の過ごし方はあの時だけだな。笑
そう思い返せるほどの、超連続リピート。
当時使ったテープは今はどっかにいっちゃって
この記事を書くにあたって結構探したんだけど見つからなかった。
写真を載せられないのが残念で仕方ない。
それまでの積年の思いが叶って
今、中国語を学んでる!わぁ~!!って
充実感を感じられて、すごく楽しかったけどね。
⑦につづく。
次回からはいよいよ北京の話に入ります。
シリーズ5回目。
『12年前の今ごろ何をしていたか』
これまでの流れは
①→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/124/
②→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/125/
③→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/126/
④→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/127/
をご覧になっていただきたい。
高校時代に中国語の学習経験がある人が
クラスの半数以上であるという現実を知ったことに対しては
当初、相当の“騙された”感があった。
その日の帰り道とか、多少のぼやきもあったかもしれない。
しかし、それでやる気を失ったワタクシではなかった。
それどころか、よもや現れた経験者集団に
「追いついて、追い越してやる~」という
反骨精神が生まれたような気すらする。
ある種の明確な目標ができたことで、
かえって自分自身の努力値みたいなものも図りやすくなるし。
考えてみれば、ワタクシの通っていた暗闇高校では
授業の一環として中国語を学べる可能性は
皆無だったわけだから、別に悔やむべきことでもない。
その環境があったのに選ばなかったのであれば
即座に舌を噛み切るべきだが。
同じスタートラインの同級生もそれなりにいたし。
同じように、え~!!マジかよ~!!!って思ってたと思うけど。
ということで、衝撃の事実による唖然愕然は過去のものとし、
(とはいえ、その時の事は克明に記憶はされたが)
地味に地道に、一から中国語を学んでいこう
というところに落ち着いた。
気持ちの切り替えをうまくやった。
・・・というよりは
やっぱり中国語を学べる環境にいられることの
喜びがとにかく大きくて
当初段階における周囲との差など
別に気にならなかったというのが
本当のところかもしれない。
それに、週6コマも中国語の講義がある中では
唖然愕然としている暇はない。
(ということが後で判る)
中国語総合の講義の時間で使ったテキストは
『簡明実用漢語課本』!
中国語のテキストにもかかわらず
主人公の2人がパランカとクーパーという名の
外国人(イギリス人?)であるという、
奇跡ともいえるシュールさが売りの教材。
彼らと共にワタクシらも少しずつ中国語を学んでいく
という基本コンセプトであり
シナリオもなんとなくそんな風に進んでいく。
確かに、中国語ペラペラであるはずの
中国人がメインキャラになっていて
(特に最初のうち)片言の中国語でしゃべっていたのでは
リアリティの欠片もない。
それは分かる。
だが、なぜパランカとクーパー?
(しかも、2人は文中では彼氏彼女の関係)

↑挿絵も極めてシュール
本場中国に『実用漢語課本』という
もっと分厚いテキストがあり、
それから重要な部分を抜粋して日本語で文法や解釈の説明が
つけられているものということらしい。
(『実用漢語課本』でも主人公がパランカとクーパーなのかどうかは不明)
しかし、この『簡明実用漢語課本』が非常によくできていて
本当の初歩の初歩から、徐々に中国語を学んで
習得していくことができるようになっている。
いわゆる第二外国語で学ぶような、
広く浅くざ~っと流していくようなイメージではないのである。
先日のとってもインスパイア後、
この『簡明実用漢語課本』を時々音読したりしているが、
今読み返してみても「おー、なるほど」と思わせる順序で
単語やら文法やらが少しずつ少しずつ出てくる。
最もコマ数の多かった中国語総合の教材としては
とても的確なものだったように思う。
そうして中国語の各講義が始まったわけだが・・・
⑥につづく。
『12年前の今ごろ何をしていたか』
これまでの流れは
①→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/124/
②→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/125/
③→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/126/
④→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/127/
をご覧になっていただきたい。
高校時代に中国語の学習経験がある人が
クラスの半数以上であるという現実を知ったことに対しては
当初、相当の“騙された”感があった。
その日の帰り道とか、多少のぼやきもあったかもしれない。
しかし、それでやる気を失ったワタクシではなかった。
それどころか、よもや現れた経験者集団に
「追いついて、追い越してやる~」という
反骨精神が生まれたような気すらする。
ある種の明確な目標ができたことで、
かえって自分自身の努力値みたいなものも図りやすくなるし。
考えてみれば、ワタクシの通っていた暗闇高校では
授業の一環として中国語を学べる可能性は
皆無だったわけだから、別に悔やむべきことでもない。
その環境があったのに選ばなかったのであれば
即座に舌を噛み切るべきだが。
同じスタートラインの同級生もそれなりにいたし。
同じように、え~!!マジかよ~!!!って思ってたと思うけど。
ということで、衝撃の事実による唖然愕然は過去のものとし、
(とはいえ、その時の事は克明に記憶はされたが)
地味に地道に、一から中国語を学んでいこう
というところに落ち着いた。
気持ちの切り替えをうまくやった。
・・・というよりは
やっぱり中国語を学べる環境にいられることの
喜びがとにかく大きくて
当初段階における周囲との差など
別に気にならなかったというのが
本当のところかもしれない。
それに、週6コマも中国語の講義がある中では
唖然愕然としている暇はない。
(ということが後で判る)
中国語総合の講義の時間で使ったテキストは
『簡明実用漢語課本』!
中国語のテキストにもかかわらず
主人公の2人がパランカとクーパーという名の
外国人(イギリス人?)であるという、
奇跡ともいえるシュールさが売りの教材。
彼らと共にワタクシらも少しずつ中国語を学んでいく
という基本コンセプトであり
シナリオもなんとなくそんな風に進んでいく。
確かに、中国語ペラペラであるはずの
中国人がメインキャラになっていて
(特に最初のうち)片言の中国語でしゃべっていたのでは
リアリティの欠片もない。
それは分かる。
だが、なぜパランカとクーパー?
(しかも、2人は文中では彼氏彼女の関係)
↑挿絵も極めてシュール
本場中国に『実用漢語課本』という
もっと分厚いテキストがあり、
それから重要な部分を抜粋して日本語で文法や解釈の説明が
つけられているものということらしい。
(『実用漢語課本』でも主人公がパランカとクーパーなのかどうかは不明)
しかし、この『簡明実用漢語課本』が非常によくできていて
本当の初歩の初歩から、徐々に中国語を学んで
習得していくことができるようになっている。
いわゆる第二外国語で学ぶような、
広く浅くざ~っと流していくようなイメージではないのである。
先日のとってもインスパイア後、
この『簡明実用漢語課本』を時々音読したりしているが、
今読み返してみても「おー、なるほど」と思わせる順序で
単語やら文法やらが少しずつ少しずつ出てくる。
最もコマ数の多かった中国語総合の教材としては
とても的確なものだったように思う。
そうして中国語の各講義が始まったわけだが・・・
⑥につづく。
シリーズ4回目。
『12年前の今ごろ何をしていたか』
これまでの流れは
①→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/124/
②→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/125/
③→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/126/
をご覧になっていただきたい。
ワタクシが中国語を学ぶことを
高校1年生の頃から希望していたことは
②で書いたとおりであるが
神田外語大学の中国語学科を第一志望としたプロセスには
ちょっとした運命的なもの(※)があった。
※と言っても、初田悦子ファンになった時ほど運命的巡り合わせではない
現在どうなっているのかは知らないが
13年前当時、中国語学科を持つ大学というのは
関東圏でもそれほど多いわけではなかった。
従って、希望を優先するならば
その時点で選択肢はかなり絞られていた。
ワタクシの通っていた暗闇高校は
その界隈では有数の進学校だったため
進路指導というか大学へ進むためのサポートというか
そういうものに関して学校をあげて結構真剣にやっていたようで
その流れに乗っかる形で、ワタクシも
しかるべき時期には幾つか大学の資料を取り寄せたりしていた。
・・・ものの、こまか~くチェックすることもなく放置していた。
まぁ高校生なんぞはそんなものである!
で、いざ高3の夏休み前、自室で
たまたま資料を開かねばならないシチュエーション
になったところ、資料の束から1枚の紙が落ちた。
これが、神田外語大学での学生向け見学会、
いわゆるオープンキャンパスの参加申し込み用ハガキ
だったのである。
このハガキを見て
神田外語大学ではオープンキャンパスの際に
自分の希望する言語の体験授業を
受けることができるようになっていたことを知った。
もちろん中国語の体験授業も選べるようになっていた。
ラッキー☆
しかも、この日が7月17日。
申し込みの締切日が7月20日。
なんというラッキー☆
よく日にちまで覚えているものだと自分でも感心してしまう。
即刻、申し込みハガキをポストに投函。
※画像はイメージです。
実物は封筒ではありませんでしたし
色も青ではありませんでしたし
このポストも当時は存在しませんでした。
ということで、8月某日には
初めて神田外語大学を訪れるとともに
中国語の体験講座に参加。
大学自体は土地がとても広々としていて好印象だったし
自宅からはそれなりに時間がかかるものの
暗闇高校よりもずっと近かったことから
ワタクシとしては、抵抗感はまったくナシ。
中国語の体験授業では・・・
一口に中国語といっても中国には数々の言語があって
その中で神田外語大学の中国語学科で学ぶのは
普通話(よく一般社会で「北京語」といわれるやつだが
細かい話をすれば普通話と北京語は異なるもの)だということや
発音の概念として声調があることだったり
漢字が簡体字で表記されることなど、
中国語学習における触りの部分の様々な話を聞くことができて
非常に興味を掻き立てられた。
短い時間だったけど、楽しかった。
この時、体験授業の担当講師(当時助教授)から
「中国語は大学で一から学び始める人ばかりです」
という説明もあった。
これは、学習スタート時点では無知識でも
十分に一定のレベルまでは達することができる
カリキュラムや講義内容になっている、ということである。
まさにワタクシの状況や希望と合致するではないか!
もうこの時点で、周りで誰が何と言おうと
神田外語大学の中国語学科に入るのだ!
という意気込みになったように思う。
・・・と、ここまでの前談を経て、話はようやく
神田外語大学入学後、最初の中国語の講義へ。
まずは講師および学生同士の自己紹介をするということになるわけだが
ここでいきなり超衝撃。
何~~~~~~~!!!?????
自己紹介の段階で
名前とか中国語で言ってるヤツがいる~~~!
しかも1人2人じゃなくて何人も~~~~~!!
「東ヰンドと申します」などと
地味に普通に名乗っていたワタクシは唖然愕然。
教室という環境下、平静を装っていながら
(装えていなかったと思うが)
心中、さすがにこれには慌てふためいた。
よくよく聞けば、高校の選択授業で
中国語をとっていた人が結構いたそうである。
中には高校の学科が中国語学科だった人まで。
高校時代に中国語の授業があった??
そんな学校あるなんて、知ら~~ん!!!
「中国語は大学で一から学び始める人ばかりです」
じゃないのかよ~~~!!!!
結局、同じクラスの30人ほどのうち、
半数以上(17~18人)は中国語経験者だということが
分かった。
その現実の受け入れがたさたるや、もう・・・
⑤につづく。
まだまだ北京は遠い・・・(笑)
『12年前の今ごろ何をしていたか』
これまでの流れは
①→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/124/
②→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/125/
③→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/126/
をご覧になっていただきたい。
ワタクシが中国語を学ぶことを
高校1年生の頃から希望していたことは
②で書いたとおりであるが
神田外語大学の中国語学科を第一志望としたプロセスには
ちょっとした運命的なもの(※)があった。
※と言っても、初田悦子ファンになった時ほど運命的巡り合わせではない
現在どうなっているのかは知らないが
13年前当時、中国語学科を持つ大学というのは
関東圏でもそれほど多いわけではなかった。
従って、希望を優先するならば
その時点で選択肢はかなり絞られていた。
ワタクシの通っていた暗闇高校は
その界隈では有数の進学校だったため
進路指導というか大学へ進むためのサポートというか
そういうものに関して学校をあげて結構真剣にやっていたようで
その流れに乗っかる形で、ワタクシも
しかるべき時期には幾つか大学の資料を取り寄せたりしていた。
・・・ものの、こまか~くチェックすることもなく放置していた。
まぁ高校生なんぞはそんなものである!
で、いざ高3の夏休み前、自室で
たまたま資料を開かねばならないシチュエーション
になったところ、資料の束から1枚の紙が落ちた。
これが、神田外語大学での学生向け見学会、
いわゆるオープンキャンパスの参加申し込み用ハガキ
だったのである。
このハガキを見て
神田外語大学ではオープンキャンパスの際に
自分の希望する言語の体験授業を
受けることができるようになっていたことを知った。
もちろん中国語の体験授業も選べるようになっていた。
ラッキー☆
しかも、この日が7月17日。
申し込みの締切日が7月20日。
なんというラッキー☆
よく日にちまで覚えているものだと自分でも感心してしまう。
即刻、申し込みハガキをポストに投函。
※画像はイメージです。
実物は封筒ではありませんでしたし
色も青ではありませんでしたし
このポストも当時は存在しませんでした。
ということで、8月某日には
初めて神田外語大学を訪れるとともに
中国語の体験講座に参加。
大学自体は土地がとても広々としていて好印象だったし
自宅からはそれなりに時間がかかるものの
暗闇高校よりもずっと近かったことから
ワタクシとしては、抵抗感はまったくナシ。
中国語の体験授業では・・・
一口に中国語といっても中国には数々の言語があって
その中で神田外語大学の中国語学科で学ぶのは
普通話(よく一般社会で「北京語」といわれるやつだが
細かい話をすれば普通話と北京語は異なるもの)だということや
発音の概念として声調があることだったり
漢字が簡体字で表記されることなど、
中国語学習における触りの部分の様々な話を聞くことができて
非常に興味を掻き立てられた。
短い時間だったけど、楽しかった。
この時、体験授業の担当講師(当時助教授)から
「中国語は大学で一から学び始める人ばかりです」
という説明もあった。
これは、学習スタート時点では無知識でも
十分に一定のレベルまでは達することができる
カリキュラムや講義内容になっている、ということである。
まさにワタクシの状況や希望と合致するではないか!
もうこの時点で、周りで誰が何と言おうと
神田外語大学の中国語学科に入るのだ!
という意気込みになったように思う。
・・・と、ここまでの前談を経て、話はようやく
神田外語大学入学後、最初の中国語の講義へ。
まずは講師および学生同士の自己紹介をするということになるわけだが
ここでいきなり超衝撃。
何~~~~~~~!!!?????
自己紹介の段階で
名前とか中国語で言ってるヤツがいる~~~!
しかも1人2人じゃなくて何人も~~~~~!!
「東ヰンドと申します」などと
地味に普通に名乗っていたワタクシは唖然愕然。
教室という環境下、平静を装っていながら
(装えていなかったと思うが)
心中、さすがにこれには慌てふためいた。
よくよく聞けば、高校の選択授業で
中国語をとっていた人が結構いたそうである。
中には高校の学科が中国語学科だった人まで。
高校時代に中国語の授業があった??
そんな学校あるなんて、知ら~~ん!!!
「中国語は大学で一から学び始める人ばかりです」
じゃないのかよ~~~!!!!
結局、同じクラスの30人ほどのうち、
半数以上(17~18人)は中国語経験者だということが
分かった。
その現実の受け入れがたさたるや、もう・・・
⑤につづく。
まだまだ北京は遠い・・・(笑)
シリーズ3回目。
『12年前の今ごろ何をしていたか』
これまでの流れは
①→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/124/
②→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/125/
をご覧になっていただきたい。
神田外語大学への入学後程なくして、
いよいよ念願念願念願だった中国語の講義が始まることとなった。
ワタクシの学年では、中国語学科に入学したのは
全部で60人くらいだったと記憶している。
約30人ずつ2つのクラスに分けられて
まず1年間はそのクラスごとに
(中国語の)各講義が行われていく格好であった。
だから、大学とはいえども、
感覚としては、1年1組、1年2組みたいな感じである。
だいたい男女比は2:8くらい。
中国語学科は英語系の学科に比べれば
まだ男子が多いほうだったがそれでも女子がずっと多い。
これは言語系専攻の学生に見られる明らかな特徴である。
女子のほうが言語というものに興味を持ちやすいのだろうか?
コツコツ派が女子のほうが多いということなのだろうか?
中国語関係の講義は、最初は全部で週6コマあって
文法をはじめとする全般的な事を学ぶ中国語総合が3コマ、
会話練習が中心の中国語会話が2コマ、
文章作成能力の習得が目的の中国語作文が1コマ、
という構成だった。
そのほかにも中国関連のいろいろな(歴史とか社会・文化とか)講義はあったが
それらについては技能習得が目的ということではないから
やはり圧倒的に中国語メインのカリキュラムになっているわけである。
当たり前だが、中国文学科とかそういう学科を選ばず
中国"語"学科を選んだワタクシとしてはたいへん良かった。
で、記念すべき最初の中国語の授業は中国語総合。
(・・・だったと思う)
これから中国語を学べる!という
はちきれんばかりの期待感を心に秘めていたが
開始わずか数分で、予想だにしなかったある現実を知り
ワタクシは唖然愕然とすることになるのである・・・
④につづく。
『12年前の今ごろ何をしていたか』
これまでの流れは
①→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/124/
②→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/125/
をご覧になっていただきたい。
神田外語大学への入学後程なくして、
いよいよ念願念願念願だった中国語の講義が始まることとなった。
ワタクシの学年では、中国語学科に入学したのは
全部で60人くらいだったと記憶している。
約30人ずつ2つのクラスに分けられて
まず1年間はそのクラスごとに
(中国語の)各講義が行われていく格好であった。
だから、大学とはいえども、
感覚としては、1年1組、1年2組みたいな感じである。
だいたい男女比は2:8くらい。
中国語学科は英語系の学科に比べれば
まだ男子が多いほうだったがそれでも女子がずっと多い。
これは言語系専攻の学生に見られる明らかな特徴である。
女子のほうが言語というものに興味を持ちやすいのだろうか?
コツコツ派が女子のほうが多いということなのだろうか?
中国語関係の講義は、最初は全部で週6コマあって
文法をはじめとする全般的な事を学ぶ中国語総合が3コマ、
会話練習が中心の中国語会話が2コマ、
文章作成能力の習得が目的の中国語作文が1コマ、
という構成だった。
そのほかにも中国関連のいろいろな(歴史とか社会・文化とか)講義はあったが
それらについては技能習得が目的ということではないから
やはり圧倒的に中国語メインのカリキュラムになっているわけである。
当たり前だが、中国文学科とかそういう学科を選ばず
中国"語"学科を選んだワタクシとしてはたいへん良かった。
で、記念すべき最初の中国語の授業は中国語総合。
(・・・だったと思う)
これから中国語を学べる!という
はちきれんばかりの期待感を心に秘めていたが
開始わずか数分で、予想だにしなかったある現実を知り
ワタクシは唖然愕然とすることになるのである・・・
④につづく。
さあいよいよ今回から綴っていく。
『12年前の今ごろ何をしていたか』
前回の記事(①)で宣言したように
このテーマで5、6回に渡って書いていこうと思っている。
すなわち(一応の)目標として
2月中で書きたいことを書き切りたい。
普段は結構推敲しながらブログの中身を書いていくことが多いが
時間に限りのある中でバシバシ書いていくために
今回のシリーズは文章はあんまり編集しない。
あまりにも・・・であれば後で少し手を加えるかもしれない。
さて、12年前のちょうど今ごろ、ワタクシは北京にいたわけであるが
なぜ北京にいたかを語るには、さらに月日を遡って語る必要がある。
13年前すなわち2002年の4月、ワタクシは晴れて大学生となった。
神田外語大学外国語学部中国語学科!
思えば、夢まで見た瞬間だった。
まさか学びの園で中国語ばかりを学ぶ日が訪れようとは。
あるいは、この時がこれまでの人生でも
最もやる気に溢れていた時期のひとつかもしれない。
高校時代。
今となっては思い出したくもないがまったく忘れもしない、
茨城県土浦市に校舎を構える某暗闇高校で
数多のゾンビに囲まれながら、暗黒時代を過ごした。
大学に行こうとは初めから思っていたが
高校1年の終わり頃にはもう
大学で学びたいことも完全に2択に絞っていた。
中国語か日本史にしようと。
しかし高校2年の日本史の授業の段階で、
かつて興味を掻き立てられたその教科は
ただひたすら寺と仏像の名前を覚えるだけのものに
成り下がってしまっていたことに気づく。
あくまでもワタクシがそのように感じただけなのかもしれないが
ともあれ、その時点でワタクシの進むべき道(学科志望)は
中国語に決まった。
なぜ中国語を学びたかったかということを語ると
深すぎて伝わらないと思うので
ざ~~~~っくり端折って理由を述べると・・・
幼いころから麻雀が好きだったから。
「あんなに面白いゲームを生み出した中国ってすごいな~」
「中国について知るならまずは中国の言語から」
以上。
理由はどうあれ、
興味を持ったことに対してやる気になると
たとえ周りが何を言おうとどうであろうと、
それに向かって気持ちを保って長く継続して立ち向かえるのが
ワタクシの最大の強みである。
(弱みでもあるのか?)
大学では中国語をやると決めてからは
他の学問には一切心が揺らぐこともなく、わき目もふらず
第一志望であった神田外語大学の外国語学部中国語学科に合格。
言語の場合、中途半端にやって
変なクセつけるとかえってよくないとかいうじゃない?
どうせやるなら、良い環境で一から学んでちゃんと習得する!
というコンセプトのもと、高校卒業までは中国語を学ばないまま。
それだけに、中国語を学びたいという気持ちが
とてつもなく漲った状態で
そして学べる喜びが満ち溢れた状態で、入学の日を迎えたのであった。
③につづく。
『12年前の今ごろ何をしていたか』
前回の記事(①)で宣言したように
このテーマで5、6回に渡って書いていこうと思っている。
すなわち(一応の)目標として
2月中で書きたいことを書き切りたい。
普段は結構推敲しながらブログの中身を書いていくことが多いが
時間に限りのある中でバシバシ書いていくために
今回のシリーズは文章はあんまり編集しない。
あまりにも・・・であれば後で少し手を加えるかもしれない。
さて、12年前のちょうど今ごろ、ワタクシは北京にいたわけであるが
なぜ北京にいたかを語るには、さらに月日を遡って語る必要がある。
13年前すなわち2002年の4月、ワタクシは晴れて大学生となった。
神田外語大学外国語学部中国語学科!
思えば、夢まで見た瞬間だった。
まさか学びの園で中国語ばかりを学ぶ日が訪れようとは。
あるいは、この時がこれまでの人生でも
最もやる気に溢れていた時期のひとつかもしれない。
高校時代。
今となっては思い出したくもないがまったく忘れもしない、
茨城県土浦市に校舎を構える某暗闇高校で
数多のゾンビに囲まれながら、暗黒時代を過ごした。
大学に行こうとは初めから思っていたが
高校1年の終わり頃にはもう
大学で学びたいことも完全に2択に絞っていた。
中国語か日本史にしようと。
しかし高校2年の日本史の授業の段階で、
かつて興味を掻き立てられたその教科は
ただひたすら寺と仏像の名前を覚えるだけのものに
成り下がってしまっていたことに気づく。
あくまでもワタクシがそのように感じただけなのかもしれないが
ともあれ、その時点でワタクシの進むべき道(学科志望)は
中国語に決まった。
なぜ中国語を学びたかったかということを語ると
深すぎて伝わらないと思うので
ざ~~~~っくり端折って理由を述べると・・・
幼いころから麻雀が好きだったから。
「あんなに面白いゲームを生み出した中国ってすごいな~」
「中国について知るならまずは中国の言語から」
以上。
理由はどうあれ、
興味を持ったことに対してやる気になると
たとえ周りが何を言おうとどうであろうと、
それに向かって気持ちを保って長く継続して立ち向かえるのが
ワタクシの最大の強みである。
(弱みでもあるのか?)
大学では中国語をやると決めてからは
他の学問には一切心が揺らぐこともなく、わき目もふらず
第一志望であった神田外語大学の外国語学部中国語学科に合格。
言語の場合、中途半端にやって
変なクセつけるとかえってよくないとかいうじゃない?
どうせやるなら、良い環境で一から学んでちゃんと習得する!
というコンセプトのもと、高校卒業までは中国語を学ばないまま。
それだけに、中国語を学びたいという気持ちが
とてつもなく漲った状態で
そして学べる喜びが満ち溢れた状態で、入学の日を迎えたのであった。
③につづく。
今のワタクシが観るべきものを観て、
とにかく感動感激して、と~ってもインスパイアされて大きな活力をもらって
すごくすごく嬉しくて、完全に自分らしさを取り戻させてくれた
2月4日の体験を通して、ふと考えたことがある。
12年前の今ごろワタクシは一体何をしていただろうか?
この「12年前」というのが
個人的にはひとつ大きなポイントなんだが・・・
まぁとにかく!
ふと考えたわけである。
で、思い出してみると・・・
12年前のちょうど今ごろ、ワタクシは北京にいた!
あ~懐かしい!!
こんなことを思い出す日が来るなんて。
これは今しか書けないことだし、今だからこそ書けることでもある。
せっかくの機会なので、次回から5、6回に渡って
12年前の今ごろ、ワタクシが何を考え何をしていたかを
当時の記憶を呼び覚ましながら、綴っていってみようと思う。
ということで!
東ヰンドの奇妙なブログでは久々となる(感動の)大長編になりそうな予感。
基本的にはワタクシが書き残したいと思う地味なことを
地味につらつらと書き連ねていくことになりますが
後半に差し掛かるに連れて、結構面白いことや驚くべき出来事も出てきます。
(・・・はずです。)
乞うご期待!
→ ②へ進む。
とにかく感動感激して、と~ってもインスパイアされて大きな活力をもらって
すごくすごく嬉しくて、完全に自分らしさを取り戻させてくれた
2月4日の体験を通して、ふと考えたことがある。
12年前の今ごろワタクシは一体何をしていただろうか?
この「12年前」というのが
個人的にはひとつ大きなポイントなんだが・・・
まぁとにかく!
ふと考えたわけである。
で、思い出してみると・・・
12年前のちょうど今ごろ、ワタクシは北京にいた!
あ~懐かしい!!
こんなことを思い出す日が来るなんて。
これは今しか書けないことだし、今だからこそ書けることでもある。
せっかくの機会なので、次回から5、6回に渡って
12年前の今ごろ、ワタクシが何を考え何をしていたかを
当時の記憶を呼び覚ましながら、綴っていってみようと思う。
ということで!
東ヰンドの奇妙なブログでは久々となる(感動の)大長編になりそうな予感。
基本的にはワタクシが書き残したいと思う地味なことを
地味につらつらと書き連ねていくことになりますが
後半に差し掛かるに連れて、結構面白いことや驚くべき出来事も出てきます。
(・・・はずです。)
乞うご期待!
→ ②へ進む。
本日、通信教育の課題を投函!
2回提出しなければいけないうちの2回目。
美しい。
ひとつ重要な、というか、
早くやればよかったのにもかかわらず
個人的には後回しにし続けたために
結構追い込まれていた
やらなければならないことを消化した!!
という達成感があってよかった。
2月4日の嬉しい体験を通じて、活力を得て
積極的にアクションを起こせるようになったのが
大きかったな。
これで、今回の通信教育は終わりとなる。
課題は真面目に学習して回答しているので
ほぼ100点に近い点数になるはず。
1回目が100点だったから、
優良な成績での修了となる見込み。
ここ数年は毎年、
通信教育の講座を受講してるんだよね。
会社が案内してるやつ。
優良な成績をおさめれば
会社が受講費用を一部負担してくれる
というのでね。
今回受講してたのは『物流の仕事がわかる』!
テーマが地味。
ま、テキスト読んで
期限までに問題解いて課題提出するだけだから
本当に知識や技能として
身についているのかどうかといえば
???な部分は当然あるわけだけど
せっかくの機会だし、
かっこよく言えば自己研鑽(!)ために
受講するようにしてる。
自分のそれなりに興味のある分野のから
講座を選んでね。
(前回までは印刷関連のものが多かった)
課題の提出とか添削結果が返ってくるとか
進○ゼミのチャ○ンジ風で
なんとなく、いいじゃないか。
チャレ○ジの方は小4の時に始めて
開始後いきなり1年分溜めて・・・みたいな感じで
まったく続かなかった派だが。笑
(注:自分で始めたいと言ったわけではない)
しかし、今日はそれ以外はほとんど寝て過ごし。
全体として見れば、
とても褒められた1日ではなかった・・・
ま、疲れをとることがメイン目的の日だったから
それはそれでよかったと捉えることとしよう。
「体調管理も仕事のひとつ」という考え方は
あまり好きではないんだけど
一人になって、よく休むという時間をとることも
時には絶対必要だからね。
2回提出しなければいけないうちの2回目。
美しい。
ひとつ重要な、というか、
早くやればよかったのにもかかわらず
個人的には後回しにし続けたために
結構追い込まれていた
やらなければならないことを消化した!!
という達成感があってよかった。
2月4日の嬉しい体験を通じて、活力を得て
積極的にアクションを起こせるようになったのが
大きかったな。
これで、今回の通信教育は終わりとなる。
課題は真面目に学習して回答しているので
ほぼ100点に近い点数になるはず。
1回目が100点だったから、
優良な成績での修了となる見込み。
ここ数年は毎年、
通信教育の講座を受講してるんだよね。
会社が案内してるやつ。
優良な成績をおさめれば
会社が受講費用を一部負担してくれる
というのでね。
今回受講してたのは『物流の仕事がわかる』!
テーマが地味。
ま、テキスト読んで
期限までに問題解いて課題提出するだけだから
本当に知識や技能として
身についているのかどうかといえば
???な部分は当然あるわけだけど
せっかくの機会だし、
かっこよく言えば自己研鑽(!)ために
受講するようにしてる。
自分のそれなりに興味のある分野のから
講座を選んでね。
(前回までは印刷関連のものが多かった)
課題の提出とか添削結果が返ってくるとか
進○ゼミのチャ○ンジ風で
なんとなく、いいじゃないか。
チャレ○ジの方は小4の時に始めて
開始後いきなり1年分溜めて・・・みたいな感じで
まったく続かなかった派だが。笑
(注:自分で始めたいと言ったわけではない)
しかし、今日はそれ以外はほとんど寝て過ごし。
全体として見れば、
とても褒められた1日ではなかった・・・
ま、疲れをとることがメイン目的の日だったから
それはそれでよかったと捉えることとしよう。
「体調管理も仕事のひとつ」という考え方は
あまり好きではないんだけど
一人になって、よく休むという時間をとることも
時には絶対必要だからね。
1stシングル『きみのママより』でデビューして、ちょうど6周年となる記念日です。
1stシングル『きみのママより』
初田さん!
デビュー6周年おめでとうございます!
この1年間で観に行った初田悦子ライブは関東地方で開催された2回だけ。
単純に以前と比較するなら、参戦回数が減ってしまいました。
それは、前々回の記事『本当に嬉しかったんです』で書いたように
自分自身の気持ちが何事に対しても投げ槍モードになっていたことが
影響していなかったといえば嘘になるでしょうね。
やっぱり、自分でも気づかないうちに
自分らしさや感じる心を失ってしまっていたんです。
実に情けないことですよ。
もともとワタクシは、表舞台に立って
何かを表現したいと思うタイプではありませんが
それだけに、初田悦子ファンとして
積極果敢にいろんなことをやって支えることに注力してきたのに。
いちばん大切なはずの行動力も失っていたのでは。
ただ!
初田さんを応援する気持ちはほんの少しも失っていません。
2月4日の体験を通じて自分らしさを取り戻したと同時に
CDやら動画やらで初田さんの歌を聴く機会が飛躍的に増えました。
なんか、単に元に戻ったって感じでもないくらいなんですよ。
この約6年間、何度もライブを観に行く中で次第に感じとったことですが
ステージに立つ人にとって、その時会場まで観に来てくれる
ということは、何より嬉しいことみたいです。
きっと、歌手に限らずそうなんじゃないかな。
だからこの1年は、意識してライブを観に行く機会を増やしたいな、って。
強引にでも何でも!
・・・って実際にはなかなかそうもいかない時もあったりしますが
ファンになった最初の1年を思い出していくと良さそうな感じ!
(当時は仮病やら脱走やら失踪やらしてたからな・・・)
ほら、巡り合わせというのはつくづく不思議なもので・・・
オレンジ色の歌詞カードに目が釘付けになって
心の底から感動した夜を忘れません。
『きみのママより』と出会うことができて
初田悦子ファンになることができて
本当に本当によかったです。
初田さん!
ステキな歌とたくさんの感動を、
そして初田悦子ファンとしての充実の6年間を
ミラクルダイナミックウルトラ
ハイパーアカデミックドラスティックドラマチック
ありがとうございます!
ということで!
東ヰンドらしさの原点に返って地味に!地道に!!
“歌うストーリーテラー”初田悦子の応援を続けていきますよ。
だってファンですから~♪
↓『きみのママより』PV(Youtube)
2月14日といえばバレンタインデー。今年は土曜日だった。
期待は儚くも潰え、ひとつのカカオ製菓子も届かず
あらゆる意味で寒風吹き荒れる冬空の下、
ワタクシの出身大学である神田外語大学(千葉市美浜区)にて
在学生を対象としたOBOG参加型キャリア支援イベント
『Global Career Expo 2015』が開催された。
聞けば、なんと2013年から続けて3回目の開催だという。
これまではそのようなイベントの開催の事実すら知りえなかったが
今回、縁あってワタクシにも声がかかったので
せっかくの機会だし、何か人の役に立てることがあれば
ということで参加したのである。
ちなみにワタクシは中国語学科の卒業である。
ニイハオ!
さて、神田外語大学に到着。
新都心化に失敗した都市、幕張。
埋立地のビル街という土地柄もあってか、この日は
ワタクシのホームタウン千葉県野田市をはるかに上回る強風猛風暴風で
自転車が倒れまくっていた。
それにしても、学生の頃よくあんな遠方まで4年間も通ってたもんだ
と、我ながら若干感心してしまった。
その時は当たり前でも気づかないこととか、あるよね。
まず卒業生が当日の流れについての説明を受けるべく
校舎内の一室に集められる。
第一印象。
思っていたよりもずっと卒業生の参加者が多い!
後に聞いたところによれば、卒業生は40人前後、
在学生(大半は3年生)は130人前後の参加者がいたそうである。
ただ、基本的に外国人は一人も居ず。
どこが"Global"なのかと懐疑的な心情も生まれたが
外国語専攻の在学生と卒業生が一堂に会すだけで
気分はGlobalということなのだろう。
というかそんな細かいことにツッコミを入れている場合ではなかった。
このイベントの趣旨は、在学生に「社会で働くことの意味とは何か」を
伝えようということ。
卒業生が卒業年代ごとにグループに分けられ
一定時間ずつの区切りで割り当てられた学生に向けて様々な話をする
という方式で進んだ。
で。
計4時間ほどの時間で、ワタクシは50人前後の学生に話をした。
中国語学科の卒業生があまり参加していなかったこともあったのか
私には中国語専攻の学生が多く集まってきて、様々な質問を受けた。
外国語をメインで学ぶ学校ではだいたい同じではないかと推測するが、
神田外語大学の場合、仕事に就くにあたってもしくは仕事に就いたら
外国語スキルを生かしたいと考えている学生が多く
ワタクシの勤める冴えない印刷会社のようなところには目が向かない傾向が強い
とは昔から思っていたが、その傾向は今でもだいたい同じ。
ま、ワタクシも在学している当時、
今印刷工場で働いていることを想像できていたかといえば
それはNOということになるが、
ある時から「印刷」というキーワードに強い興味を持って
就活とか進めたのも事実なので。
現段階では業界を絞っている人は少なかったようだから
印刷物をはじめとする情報展開に関わる仕事も
選択肢の一つとして考えてみてほしい旨を伝えてみたりした。
意外と、スキルを生かせる場面もたくさんあるよと。
今年に関しては、まだ就活が本格始動している時期でないこともあって
全体的には、就活中の志望業界の絞り方や入社後の会社生活などについて
関心を持っている学生が多かったように思う。
なんだかんだ言っても、やっぱりイメージつかないだろうからね。
で、イベント後は参加した卒業生の懇親会があるというので
こちらにも参加してみた。
驚いたのは、会場となった食堂。
ワタクシが学生だった頃とは様変わりしていた。
アジアン食堂 食神!
昨年春にオープンしたらしい。エキゾチックで不思議な雰囲気!!
なんと、学生向けの食堂なだけでなく一般公開もされているそうで
この日も学生でないお客さんが結構いた。なかなかすごい。
さらに驚かせてくれるのがこれ。
アジア各国の銘柄を中心とした世界のビールがたっくさん。
アジアン飲み屋としても十分な魅力を兼ね備えているではないか。
これはこれは。
ワタクシもお気に入りのBINTANG(インドネシアのビール)を飲みながら
食事と歓談を堪能できた。
と、ここまではほとんど文句ない感じできていたのだが
ちょっと引っかかったのはこの後。
懇親会の最中、他の卒業生の中に、知らない人とも半ば無理矢理にでも
どんどんとコミュニケーションをとろうとする姿勢を持った人が現れる。
具体的には「ぜひご挨拶を!」と言って
名刺を交換して回って適宜雑談して…という人が結構いて。
だが、それを積極的なコミュニケーションというのだろうか??
と逆に思ってしまったよ。
隣の人とかなり話が盛り上がってたのを遮られて
「ご挨拶を!」って言われてもねぇ。
正直、困ることもある。
さすが外国語専攻・・・ではあるけど、ワタクシはああいう風にはなれないわ。
ってよく在学中も感じてたかもしれないなー、なんて。
英語専攻の学生と他言語の専攻の学生(特に中国語)は
そもそもの考え方が別もんなんだよね。
大学に入る時点ですでに英語相当できる人が入ってきてて
「外国の人と会話したい!」ってうずうずしてんだもん。
そういう考え方を持つのはいいんだけど、
英語専攻の人の方が圧倒的に数が多いから
大学全体であたかもそれが正かのような雰囲気になる。
そこに違和感を感じたりもする(した)わけ。
ま、一日トータル見れば、イベントプログラムを通じて
初めて話す他学科卒の同年代の人ともそれなりのつながりができたりして
ワタクシ個人としては、なかなか有意義だった。
思いがけずアジアのビールもいろいろ飲めたしね。
他の参加者とは違うところに喜んでたかも(笑)
また機会があれば参加してみようかな~とは思っているよ。
期待は儚くも潰え、ひとつのカカオ製菓子も届かず
あらゆる意味で寒風吹き荒れる冬空の下、
ワタクシの出身大学である神田外語大学(千葉市美浜区)にて
在学生を対象としたOBOG参加型キャリア支援イベント
『Global Career Expo 2015』が開催された。
聞けば、なんと2013年から続けて3回目の開催だという。
これまではそのようなイベントの開催の事実すら知りえなかったが
今回、縁あってワタクシにも声がかかったので
せっかくの機会だし、何か人の役に立てることがあれば
ということで参加したのである。
ちなみにワタクシは中国語学科の卒業である。
ニイハオ!
さて、神田外語大学に到着。
新都心化に失敗した都市、幕張。
埋立地のビル街という土地柄もあってか、この日は
ワタクシのホームタウン千葉県野田市をはるかに上回る強風猛風暴風で
自転車が倒れまくっていた。
それにしても、学生の頃よくあんな遠方まで4年間も通ってたもんだ
と、我ながら若干感心してしまった。
その時は当たり前でも気づかないこととか、あるよね。
まず卒業生が当日の流れについての説明を受けるべく
校舎内の一室に集められる。
第一印象。
思っていたよりもずっと卒業生の参加者が多い!
後に聞いたところによれば、卒業生は40人前後、
在学生(大半は3年生)は130人前後の参加者がいたそうである。
ただ、基本的に外国人は一人も居ず。
どこが"Global"なのかと懐疑的な心情も生まれたが
外国語専攻の在学生と卒業生が一堂に会すだけで
気分はGlobalということなのだろう。
というかそんな細かいことにツッコミを入れている場合ではなかった。
このイベントの趣旨は、在学生に「社会で働くことの意味とは何か」を
伝えようということ。
卒業生が卒業年代ごとにグループに分けられ
一定時間ずつの区切りで割り当てられた学生に向けて様々な話をする
という方式で進んだ。
で。
計4時間ほどの時間で、ワタクシは50人前後の学生に話をした。
中国語学科の卒業生があまり参加していなかったこともあったのか
私には中国語専攻の学生が多く集まってきて、様々な質問を受けた。
外国語をメインで学ぶ学校ではだいたい同じではないかと推測するが、
神田外語大学の場合、仕事に就くにあたってもしくは仕事に就いたら
外国語スキルを生かしたいと考えている学生が多く
ワタクシの勤める冴えない印刷会社のようなところには目が向かない傾向が強い
とは昔から思っていたが、その傾向は今でもだいたい同じ。
ま、ワタクシも在学している当時、
今印刷工場で働いていることを想像できていたかといえば
それはNOということになるが、
ある時から「印刷」というキーワードに強い興味を持って
就活とか進めたのも事実なので。
現段階では業界を絞っている人は少なかったようだから
印刷物をはじめとする情報展開に関わる仕事も
選択肢の一つとして考えてみてほしい旨を伝えてみたりした。
意外と、スキルを生かせる場面もたくさんあるよと。
今年に関しては、まだ就活が本格始動している時期でないこともあって
全体的には、就活中の志望業界の絞り方や入社後の会社生活などについて
関心を持っている学生が多かったように思う。
なんだかんだ言っても、やっぱりイメージつかないだろうからね。
で、イベント後は参加した卒業生の懇親会があるというので
こちらにも参加してみた。
驚いたのは、会場となった食堂。
ワタクシが学生だった頃とは様変わりしていた。
アジアン食堂 食神!
昨年春にオープンしたらしい。エキゾチックで不思議な雰囲気!!
なんと、学生向けの食堂なだけでなく一般公開もされているそうで
この日も学生でないお客さんが結構いた。なかなかすごい。
さらに驚かせてくれるのがこれ。
アジア各国の銘柄を中心とした世界のビールがたっくさん。
アジアン飲み屋としても十分な魅力を兼ね備えているではないか。
これはこれは。
ワタクシもお気に入りのBINTANG(インドネシアのビール)を飲みながら
食事と歓談を堪能できた。
と、ここまではほとんど文句ない感じできていたのだが
ちょっと引っかかったのはこの後。
懇親会の最中、他の卒業生の中に、知らない人とも半ば無理矢理にでも
どんどんとコミュニケーションをとろうとする姿勢を持った人が現れる。
具体的には「ぜひご挨拶を!」と言って
名刺を交換して回って適宜雑談して…という人が結構いて。
だが、それを積極的なコミュニケーションというのだろうか??
と逆に思ってしまったよ。
隣の人とかなり話が盛り上がってたのを遮られて
「ご挨拶を!」って言われてもねぇ。
正直、困ることもある。
さすが外国語専攻・・・ではあるけど、ワタクシはああいう風にはなれないわ。
ってよく在学中も感じてたかもしれないなー、なんて。
英語専攻の学生と他言語の専攻の学生(特に中国語)は
そもそもの考え方が別もんなんだよね。
大学に入る時点ですでに英語相当できる人が入ってきてて
「外国の人と会話したい!」ってうずうずしてんだもん。
そういう考え方を持つのはいいんだけど、
英語専攻の人の方が圧倒的に数が多いから
大学全体であたかもそれが正かのような雰囲気になる。
そこに違和感を感じたりもする(した)わけ。
ま、一日トータル見れば、イベントプログラムを通じて
初めて話す他学科卒の同年代の人ともそれなりのつながりができたりして
ワタクシ個人としては、なかなか有意義だった。
思いがけずアジアのビールもいろいろ飲めたしね。
他の参加者とは違うところに喜んでたかも(笑)
また機会があれば参加してみようかな~とは思っているよ。
プロフィール
HN:
東ヰンドの奇跡の賢者
年齢:
42
HP:
性別:
男性
誕生日:
1983/10/11
職業:
バルタン星人
趣味:
地味で地道なこと
自己紹介:
生粋の初田悦子ファン。
とにかくたくさんの人に “歌うストーリーテラー” 初田悦子 の歌を聴いてほしい!と心から願って生きています。
ジャグリングが趣味でしたが、最近はたまにやるくらいになってしまいました。
日本ビール検定2級所持。
マー○ャン(中国積み木)も幼い頃からすごく好きです。
Twitterアカウント:higashi_indo
とにかくたくさんの人に “歌うストーリーテラー” 初田悦子 の歌を聴いてほしい!と心から願って生きています。
ジャグリングが趣味でしたが、最近はたまにやるくらいになってしまいました。
日本ビール検定2級所持。
マー○ャン(中国積み木)も幼い頃からすごく好きです。
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