東ヰンドの奇妙なブログ
2013年8月4日復活!生粋の初田悦子のファン、東ヰンドの奇跡の賢者のブログです。地味に地道に綴っていきます。 2020年6月以来休眠状態になっていましたが2023年5月11日に再開!! 旧東ヰンドの奇妙なブログもぜひどうぞ☆ http://plaza.rakuten.co.jp/higashiindo/
世の中は
ポケモンGOで盛り上がっているようだが
ワタクシは
まーーーーーったく関心がなく
逆に困っている。
勤めている冴えない会社の
ある営業スタッフ(結構上位職の人)がこう言っていた。
「これだけ盛り上がってると、
別に興味が無くてもちょっとはやってないとヤバいな。
お客さんとの間でも話にあがるし
社内でも会話に入っていけないし。」
なるほど。
そういうこともあるわけね。
普段、ここ数年勤務者の平均年齢が上がっていく一方の
冴えない工場に勤務してると
そういう感覚は失われていくから
意見としてはよく分かった。確かにその通りだ。
しかし、それを聞いてもなお全然
ポケモンGOをやってみようという気にならないな。
ま、それはそれで別にいいと思うんだけどね。
営業じゃないし。
昔から、流行りものにはほとんど興味を持たない性格だし。
スマホ文化についていけてないとは思わないけど
新しい物好きじゃないと、どれだけ流行っていようと
こんなもんよ。
ポケモンGOで盛り上がっているようだが
ワタクシは
まーーーーーったく関心がなく
逆に困っている。
勤めている冴えない会社の
ある営業スタッフ(結構上位職の人)がこう言っていた。
「これだけ盛り上がってると、
別に興味が無くてもちょっとはやってないとヤバいな。
お客さんとの間でも話にあがるし
社内でも会話に入っていけないし。」
なるほど。
そういうこともあるわけね。
普段、ここ数年勤務者の平均年齢が上がっていく一方の
冴えない工場に勤務してると
そういう感覚は失われていくから
意見としてはよく分かった。確かにその通りだ。
しかし、それを聞いてもなお全然
ポケモンGOをやってみようという気にならないな。
ま、それはそれで別にいいと思うんだけどね。
営業じゃないし。
昔から、流行りものにはほとんど興味を持たない性格だし。
スマホ文化についていけてないとは思わないけど
新しい物好きじゃないと、どれだけ流行っていようと
こんなもんよ。
PR
シリーズ18回目。
知る人ぞ知る。
もう12年前じゃなくなっているということを。
『12年前の今ごろ何をしていたか』
これまでの流れは
①→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/124/
②→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/125/
③→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/126/
④→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/127/
⑤→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/128/
⑥→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/129/
⑦→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/130/
⑧→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/131/
⑨→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/143/
⑩→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/144/
⑪→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/145/
⑫→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/146/
⑬→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/147/
⑭→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/148/
⑮→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/159/
⑯→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/161/
⑰→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/165/
をご覧になっていただきたい。
ガイドの女史から
「さぁみなさん、旅を続けましょう!」
という明るいトーンで迎えられたことには
さすがに驚いた。
これから生きていく中でも
これほどの辟易を味わえる機会はそうはないだろう、
と思ったほどである。
同じように病院を出てきた旅行参加者の多くは苦笑いを浮かべていた。
まぁ、その女史も空気が読めなくてそういった対応をしたわけではなく
会社ないしは上司などの指示があって
一旦仕切り直しをして沈んだ場を盛り上げようと努めていた
ということなんだろうが、
その日起こった事象の度合いが、明るく振る舞うことで
リカバーできる範囲を大きく超えていた。
その時、少なくともワタクシは、
新たに用意されたバスに乗るのをためらう気持ちも少しはあったが
北京からも遠く離れたその地で頼れる者があるわけもなく
女史に促されるままにそのバスに乗って旅行を続ける以外の選択肢を
検討するだけの気力は持ち合わせていなかった。
そして午後から再び、少林寺方面に向けてのバス旅程が始まった。
事故により外傷を負ったMさんはそのまま病院に入院して
治療が続けられることとなった。
その他にもそういった参加者がいたかもしれないが
まったく覚えていない。
午前中と同じように、バスは無法地帯の山道を進んでいく。
車内では、誰も口を開こうとしない。
全員が終始無言。
皆、ただボーっと、うつろな目で
荒んだ田園風景が流れていくのを眺めているだけの
重苦しい雰囲気。
その重苦しさたるや、表現のしようがない。
いや、しかしそれも無理はなかったと思う。
口に出そうにも、何を話してよいか分からないのである。
あまりにも重苦しい空気をなんとかしようと
ガイドの女史が、突如として
「みんなで(中国語の単語)しりとりをしましょう!」
と提案する。
で、しりとりが始まったわけだが
その週末旅行は、中国語を学び始めて1年程度の学生が
中心メンバーである。
知っている単語の数には限界があるし
そもそも日本語のしりとりと違って、中国語はしりとりは異常に難しい。
末尾の音の発音と声調と同じ言い出しから始まる単語なんぞ
簡単に思いつくわけがない。
ガイドの女史が無理くりヒントを出してくれるんだが
それでも知らない単語が出てくるわけは無いのだから、
ほとんど意味をなさなかった。
ワタクシはその中でも割と単語を知っていた方であったと思うが
面白味を理解することもできぬまま
女史提案によるバスレクは残念な形で終了した。
事故により時間がなくなってしまったため
その日の午後に少林寺を訪問するのは取り止めとなった。
砂丘?のようなところに行ってホバークラフトに乗るか
开封(開封)に行って買い物をするか
どちらかにしようという話が出て
その二択の中では場所的に近かったホバークラフトに決まった。
確かホバークラフトに乗ったんだったと思う。
普通なら割と盛り上がるシチュエーションだったはずだが
それから後のその日の旅程については
記憶も記録もまったくなくなっている。写真も1枚もない。
きっと、午前中に起こったことのインパクトが大きすぎたのだろう。
夜は、シティホテルのようなところでの宿泊だった。
シャワーが出ないとか部屋の照明が点かないとか
いろいろあったような気もするが、細かいことは・・・やはり覚えていない。
が、さらにこの場所でも重要な出来事があった。
今回のバス旅行を主催していた現地のツアー会社の社長が現れたのだ。
⑲につづく。
知る人ぞ知る。
もう12年前じゃなくなっているということを。
『12年前の今ごろ何をしていたか』
これまでの流れは
①→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/124/
②→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/125/
③→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/126/
④→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/127/
⑤→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/128/
⑥→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/129/
⑦→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/130/
⑧→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/131/
⑨→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/143/
⑩→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/144/
⑪→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/145/
⑫→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/146/
⑬→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/147/
⑭→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/148/
⑮→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/159/
⑯→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/161/
⑰→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/165/
をご覧になっていただきたい。
ガイドの女史から
「さぁみなさん、旅を続けましょう!」
という明るいトーンで迎えられたことには
さすがに驚いた。
これから生きていく中でも
これほどの辟易を味わえる機会はそうはないだろう、
と思ったほどである。
同じように病院を出てきた旅行参加者の多くは苦笑いを浮かべていた。
まぁ、その女史も空気が読めなくてそういった対応をしたわけではなく
会社ないしは上司などの指示があって
一旦仕切り直しをして沈んだ場を盛り上げようと努めていた
ということなんだろうが、
その日起こった事象の度合いが、明るく振る舞うことで
リカバーできる範囲を大きく超えていた。
その時、少なくともワタクシは、
新たに用意されたバスに乗るのをためらう気持ちも少しはあったが
北京からも遠く離れたその地で頼れる者があるわけもなく
女史に促されるままにそのバスに乗って旅行を続ける以外の選択肢を
検討するだけの気力は持ち合わせていなかった。
そして午後から再び、少林寺方面に向けてのバス旅程が始まった。
事故により外傷を負ったMさんはそのまま病院に入院して
治療が続けられることとなった。
その他にもそういった参加者がいたかもしれないが
まったく覚えていない。
午前中と同じように、バスは無法地帯の山道を進んでいく。
車内では、誰も口を開こうとしない。
全員が終始無言。
皆、ただボーっと、うつろな目で
荒んだ田園風景が流れていくのを眺めているだけの
重苦しい雰囲気。
その重苦しさたるや、表現のしようがない。
いや、しかしそれも無理はなかったと思う。
口に出そうにも、何を話してよいか分からないのである。
あまりにも重苦しい空気をなんとかしようと
ガイドの女史が、突如として
「みんなで(中国語の単語)しりとりをしましょう!」
と提案する。
で、しりとりが始まったわけだが
その週末旅行は、中国語を学び始めて1年程度の学生が
中心メンバーである。
知っている単語の数には限界があるし
そもそも日本語のしりとりと違って、中国語はしりとりは異常に難しい。
末尾の音の発音と声調と同じ言い出しから始まる単語なんぞ
簡単に思いつくわけがない。
ガイドの女史が無理くりヒントを出してくれるんだが
それでも知らない単語が出てくるわけは無いのだから、
ほとんど意味をなさなかった。
ワタクシはその中でも割と単語を知っていた方であったと思うが
面白味を理解することもできぬまま
女史提案によるバスレクは残念な形で終了した。
事故により時間がなくなってしまったため
その日の午後に少林寺を訪問するのは取り止めとなった。
砂丘?のようなところに行ってホバークラフトに乗るか
开封(開封)に行って買い物をするか
どちらかにしようという話が出て
その二択の中では場所的に近かったホバークラフトに決まった。
確かホバークラフトに乗ったんだったと思う。
普通なら割と盛り上がるシチュエーションだったはずだが
それから後のその日の旅程については
記憶も記録もまったくなくなっている。写真も1枚もない。
きっと、午前中に起こったことのインパクトが大きすぎたのだろう。
夜は、シティホテルのようなところでの宿泊だった。
シャワーが出ないとか部屋の照明が点かないとか
いろいろあったような気もするが、細かいことは・・・やはり覚えていない。
が、さらにこの場所でも重要な出来事があった。
今回のバス旅行を主催していた現地のツアー会社の社長が現れたのだ。
⑲につづく。
4月22日に公開された初田悦子さんの動画を紹介します。
シンプルだけど、見るにつけ聞くにつけ本当に素晴らしいなぁと思う動画です。
掛け値なしにオススメします。
YouTubeにアップされてますので、みなさんもぜひ見てみてください。
娘の誕生日の記念にプレゼントしてみた!
「初田悦子 『きみのママより』 弾き語り 〜娘よ!12歳のお誕生日おめでとう!〜」
シンプルだけど、見るにつけ聞くにつけ本当に素晴らしいなぁと思う動画です。
掛け値なしにオススメします。
YouTubeにアップされてますので、みなさんもぜひ見てみてください。
娘の誕生日の記念にプレゼントしてみた!
「初田悦子 『きみのママより』 弾き語り 〜娘よ!12歳のお誕生日おめでとう!〜」
シリーズ17回目。
重要な局面に差し掛かりつつあるのにつき、前置きは省略!
『12年前の今ごろ何をしていたか』
これまでの流れは
①→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/124/
②→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/125/
③→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/126/
④→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/127/
⑤→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/128/
⑥→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/129/
⑦→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/130/
⑧→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/131/
⑨→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/143/
⑩→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/144/
⑪→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/145/
⑫→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/146/
⑬→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/147/
⑭→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/148/
⑮→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/159/
⑯→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/161/
をご覧になっていただきたい。
照りつける陽射しの中、無惨にも
観光バスとしての機能を失った鉄の塊をやや遠く視界にとらえながら
ただ待つことしかできない時間が過ぎていく。

他の旅行参加者らと何か会話を交わしたかもしれないが
何も覚えていない。
耳に入ってきたのは“●×▲逃跑了。”という野次馬の中の誰かの声。
それはすなわち「逃げた」という意味。
ワタクシたちのバスにぶつかってきたトラックを運転していた男は
事故の後すぐに逃げてその場所からいなくなってしまったそうだ。
そんなひどい話があるか!
と思った。
そこが中国という異国の地であって
文化の違いがあることは分かっていたが、
それでも、そのようなことが現実に起ころうとは。
だが、その時は、怒りを感じる気にもなれなかった。
・・・しばらくして、数台の救急車がワタクシたちのもとへ到着した。
最も重症だったMさんが最初に治療を受け、救急車へと運ばれていく。
その時点でもMさんに意識はあったし、
救急隊員らの様子からして、どうやら命に別状はないようだ。
安堵した。
ワタクシも外傷はなかったとはいえ、腰に痛みがあった。
おそらく、事故の衝撃で激しく飛ばされた際に
どこかにぶつけていたのだろう。
それも、推測でしかないが。
あまりにも瞬間的な事で、どのように飛ばされ
どこをどうぶつけたのか自分でも全然分からない。
ワタクシは外傷のなかった他の旅行参加者ら数名と共に
救急車に乗り、近辺の都市の病院に向かった。
病院に着いてからも、混乱は続いていた。
後に聞いたところでは、
ワタクシたちが病院に着いた時には
すでにMさんは手術室に入り、
ダメージを受けた額の治療を受けていたという。
病室というか単なる広いスペースのような所に通され
座らされた。
病院の中にもかからわず
地元のテレビ局のスタッフのような輩が忍び込んでいて
ストレッチャーに寝かされた、
他の旅行参加者のうちの一人の女性に対して
何やら取材を仕掛けようとしているようだった。
多数の日本人留学生を乗せたバスが
中国の地方都市で事故に遭うというのは珍しい事なのだろう。
だが、その女性は「顔を撮らないで!」と日本語で激昂している。
ケガに加え、よもやの事故のショックで
誰もが混乱状態にある中、なんのデリカシーもなく
ただ取材欲だけを丸出しにしてくる
中国人カメラマンに寄ってたかってされたら、
頭にくるどころのものではない。
その女性の対応は至極まっとうなものと思えた。
しばらくして、ワタクシら外傷のなかった旅行参加者らも呼ばれ
レントゲン室のようなところに案内された。
数名の患者がいたので長椅子に座って順番待ちになった。
ワタクシの左側には、
黒い服の上に白衣を着た若い(20代)男性医師が座っていた。
目の前に思いっきり“禁烟(=禁煙)”と書かれているところで
その医師から、何の悪びれた様子もなく、
“抽烟吗?(タバコ吸う?)”と、タバコを差し出されたので驚いた。
ワタクシは冷静に“不抽。(吸いません。)”と返したが、
中国ではルールなど有って無いようなものなのだということを
そのようなタイミングで再認識することとなってしまった。
その後レントゲン写真を撮ったが、やはり目立った異常は無し。
再び、病室というか単なる広いスペースのような所に戻り
他の人の治療が終わるまで、しばし時が過ぎるのを待っていた。
どのくらいだろうか、その間のことはまったく記憶に無いが
やがて、外からワタクシたちを呼ぶ声がした。
導かれて病院の入口まで行く。
するとなんと新しいマイクロバス&運転手が用意されていて
ガイドの女史が意気揚々と
「さぁみなさん、旅を続けましょう!」
と言うから凄い。
さすがにこれには一同唖然・・・
⑱につづく。
重要な局面に差し掛かりつつあるのにつき、前置きは省略!
『12年前の今ごろ何をしていたか』
これまでの流れは
①→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/124/
②→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/125/
③→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/126/
④→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/127/
⑤→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/128/
⑥→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/129/
⑦→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/130/
⑧→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/131/
⑨→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/143/
⑩→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/144/
⑪→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/145/
⑫→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/146/
⑬→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/147/
⑭→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/148/
⑮→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/159/
⑯→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/161/
をご覧になっていただきたい。
照りつける陽射しの中、無惨にも
観光バスとしての機能を失った鉄の塊をやや遠く視界にとらえながら
ただ待つことしかできない時間が過ぎていく。
他の旅行参加者らと何か会話を交わしたかもしれないが
何も覚えていない。
耳に入ってきたのは“●×▲逃跑了。”という野次馬の中の誰かの声。
それはすなわち「逃げた」という意味。
ワタクシたちのバスにぶつかってきたトラックを運転していた男は
事故の後すぐに逃げてその場所からいなくなってしまったそうだ。
そんなひどい話があるか!
と思った。
そこが中国という異国の地であって
文化の違いがあることは分かっていたが、
それでも、そのようなことが現実に起ころうとは。
だが、その時は、怒りを感じる気にもなれなかった。
・・・しばらくして、数台の救急車がワタクシたちのもとへ到着した。
最も重症だったMさんが最初に治療を受け、救急車へと運ばれていく。
その時点でもMさんに意識はあったし、
救急隊員らの様子からして、どうやら命に別状はないようだ。
安堵した。
ワタクシも外傷はなかったとはいえ、腰に痛みがあった。
おそらく、事故の衝撃で激しく飛ばされた際に
どこかにぶつけていたのだろう。
それも、推測でしかないが。
あまりにも瞬間的な事で、どのように飛ばされ
どこをどうぶつけたのか自分でも全然分からない。
ワタクシは外傷のなかった他の旅行参加者ら数名と共に
救急車に乗り、近辺の都市の病院に向かった。
病院に着いてからも、混乱は続いていた。
後に聞いたところでは、
ワタクシたちが病院に着いた時には
すでにMさんは手術室に入り、
ダメージを受けた額の治療を受けていたという。
病室というか単なる広いスペースのような所に通され
座らされた。
病院の中にもかからわず
地元のテレビ局のスタッフのような輩が忍び込んでいて
ストレッチャーに寝かされた、
他の旅行参加者のうちの一人の女性に対して
何やら取材を仕掛けようとしているようだった。
多数の日本人留学生を乗せたバスが
中国の地方都市で事故に遭うというのは珍しい事なのだろう。
だが、その女性は「顔を撮らないで!」と日本語で激昂している。
ケガに加え、よもやの事故のショックで
誰もが混乱状態にある中、なんのデリカシーもなく
ただ取材欲だけを丸出しにしてくる
中国人カメラマンに寄ってたかってされたら、
頭にくるどころのものではない。
その女性の対応は至極まっとうなものと思えた。
しばらくして、ワタクシら外傷のなかった旅行参加者らも呼ばれ
レントゲン室のようなところに案内された。
数名の患者がいたので長椅子に座って順番待ちになった。
ワタクシの左側には、
黒い服の上に白衣を着た若い(20代)男性医師が座っていた。
目の前に思いっきり“禁烟(=禁煙)”と書かれているところで
その医師から、何の悪びれた様子もなく、
“抽烟吗?(タバコ吸う?)”と、タバコを差し出されたので驚いた。
ワタクシは冷静に“不抽。(吸いません。)”と返したが、
中国ではルールなど有って無いようなものなのだということを
そのようなタイミングで再認識することとなってしまった。
その後レントゲン写真を撮ったが、やはり目立った異常は無し。
再び、病室というか単なる広いスペースのような所に戻り
他の人の治療が終わるまで、しばし時が過ぎるのを待っていた。
どのくらいだろうか、その間のことはまったく記憶に無いが
やがて、外からワタクシたちを呼ぶ声がした。
導かれて病院の入口まで行く。
するとなんと新しいマイクロバス&運転手が用意されていて
ガイドの女史が意気揚々と
「さぁみなさん、旅を続けましょう!」
と言うから凄い。
さすがにこれには一同唖然・・・
⑱につづく。
最近、なんだかあんまり余裕がありません。
時間的にも精神的にも体力的にも。
半年前とだいぶ状況が変わってる気がします。というか変わってます。
余計な事をやりすぎてたり考えすぎてたりするからかもしれませんが
余計な事をやらされすぎてたり考えさせられすぎてたりするから
だと思います。
時期的には花粉症の影響も結構大きいです。
とりあえず、トップの写真だけは景気よくしてみました。
3月18日(金)に、個人的にすごく重要なイベントがあります。
かけがえのない機会、大切な時、大事に過ごしたいです。
1stシングル『きみのママより』でデビューして、ちょうど7周年となる記念日です。
1stシングル『きみのママより』
↑昨年12月6日に埼玉県川口市のSHOCK ONで開催された
初田悦子ワンマンライブの時の『きみのママより』(YouTube)
フルコーラスです♪
初田さん!
デビュー7周年おめでとうございます!
今日は、独りビールを飲んでお祝いしています。
乾杯!!
(画像はだいぶデフォルメしたイメージ)
こうやって、7年続けてお祝いすることができるなんて・・・
巡り合わせというのはつくづく不思議なものですよね。
今でも時々思い出します。
『きみのママより』の封を開けたその日のこと。
オレンジ色の歌詞カードに目が釘付けになって
心の底から感動した夜を忘れません。
『きみのママより』と出会うことができて
初田悦子ファンになることができて本当によかったですよ。
何かにつけて、つくづく思います。
初田さん!
ステキな歌とたくさんの感動を、
そして初田悦子ファンとしての充実の7年間を
ミラクルダイナミックウルトラ
ハイパーアカデミックドラスティック
ドラマチックオートマチックありがとうございます!
今こそ東ヰンドらしさを存分に発揮して 地味に!地道に!!
“歌うストーリーテラー”初田悦子の応援を続けていきますよ。
だってファンですから~♪
最後に・・・
『きみのママより』ではないですが、
メッセージ性が強くてお気に入りの初田悦子楽曲も貼っときます。
ミナサマもぜひどうぞ。
↑『Talk with Each Other』(YouTube)
シリーズ16回目。
2月中には書き切りたいと言っていたが
2月になった。
見方によっては、順調。
有言実行。
・・・・・・はい!カット!!
『12年前の今ごろ何をしていたか』
これまでの流れは
①→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/124/
②→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/125/
③→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/126/
④→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/127/
⑤→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/128/
⑥→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/129/
⑦→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/130/
⑧→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/131/
⑨→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/143/
⑩→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/144/
⑪→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/145/
⑫→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/146/
⑬→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/147/
⑭→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/148/
⑮→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/159/
をご覧になっていただきたい。
金曜日の夜に出発した週末旅行。
列車は辺りが明るくなってもまだ走り続けていた。
その時間帯になると夜行列車の乗客はみな目覚めて
各々が行動し始めていた。
近くにいた自称「日本の歴史に詳しい」中国人のおっさんが
ワタクシたちが日本人であることを悟り
日本の歴史について語ろうと話しかけてきたことを覚えている。
そういった類の話をできるほど中国語が達者なわけではないので
(それができるとしたら相当のレベルだと思うが)
鎌倉時代の次が室町時代でその次が江戸時代で・・・みたいな、
単語をつなげた話をするだけ。
それでも、おっさんは満足していたようである。
その後、朝メシをどうしたか覚えていないが
夜行列車は鄭州の駅に到着。
北京に比べるとだいぶ素朴な風景の駅だった。
地方の繁華街ってイメージかな。
その時になって初めて、この週末旅行の一団は
ワタクシたち神田外語大学からの短期留学生が7名、
その他の日本人留学生が7名、韓国人留学生が1名、
北京語言大学からの付き添い担当の女性1名
(この女性が先生だったのかは不明)
の計16名だということがわかった。
あらかじめ組まれた旅程に従い、
ワタクシたち一行は山奥にある少林寺本山へ向かうことになった。
移動手段はバス。
いわゆるマイクロバスみたいなやつ。
ワタクシは、後ろから2列目の右側のシートに座した。
現地の旅行者のスタッフなんだろうが、
日本語が少々しゃべれますって感じの中国人女性が1人同乗して
それからの2日間、観光ガイドを務めてくれるとのこと。
このガイドの女性は持っている日本語能力をフルに使って
すごーく一生懸命いろいろ案内したり説明してくれたりしていた。
実際には、もうちょっとほっといてくれてもよかったが
本当に一生懸命なので、見ているこちらも同情した。
山奥へ向かうということで道のりは長い。
目的地の少林寺本山までは2~3時間かかるという。
国道のような道をバスは進むが
中国の地方の国道は、もはや無法地帯と思っていい。
車線を示す白線などないし、もちろん中央分離帯もなし。
実際には上りと下り、計5車線程度の設定なんだろうが
双方合わせて6車線分くらいのクルマが走っていた。
また道路自体もお世辞にもきれいに舗装されているとは言えず
感覚としては荒野を進んでいるようなイメージ。
そんな中を時速100キロとかで大きめの車がガンガン走っている。
一番左側(中国は車両は右側通行)で走ってたら
対向車線のクルマとのすれ違いが怖いだろーなーと思ったが、
その地ではきっとそれがごく当たり前の日常。
道路から5メートルも離れれば
レンガ作りの民家や飲食店が立ち並んでいたりするが、
あんな道路沿いで普通に住めるんだろうか?
果たして。
ま、住んでたんだけど。
もろもろ、深く気に留めず文化の差として捉えるべきと思った。
バスが走り出して最初のうちは、
週末旅行の参加者間での自己紹介取り交わしや
バスガイドの女性による1日のスケジュールの確認や
観光ポイントの紹介がなされた。
だがそういった話もやがて終わる。
・・・1時間以上走っただろうか。
山並みとレンガの民家、同じような風景の繰り返し中、
ひたすら長く続く道でバスに揺られていれば
人は自然と眠気に襲われるものである。
ましてや夜行列車でこの地に至ったワタクシたちであれば。
気づけば会話も途切れてなくなり、
他の参加者はみなウトウトとしていたが
ワタクシは寝る気になれず外をぼーっと眺めていた。
そして、ふと前方を見たその時。
左前方のトラックのフロントガラスがこちらを向いているのが見えた。
ん?
こちらを向いている??
その瞬間!!!!!
それは、ほんの一瞬の出来事だった。
これまでに体験したことのない、
とてつもない物理的衝撃!!!!!
その「一瞬」の後、
ワタクシは天井に目を向けて横たわっていた。
そして、ワタクシの真下に
2人の女性がなだれ込むようにして倒れていた。
ついさっきまで座席に座っていたはずでは・・・?
なぜワタクシの下に2人も人がいるのか?!
あまりに突拍子もない事態に、状況が飲み込めない。
ワタクシたちのバスに何かがぶつかったのか・・・
強烈な、いや、破壊的な衝撃により
ワタクシは瞬時に上方に飛んだようだ。
同時に、前の席に座っていた人が後方に飛ばされて
今、ワタクシの下にいるということなのか・・・しかも2人も。
そんなことが起こり得るのか!?
振り向くと、同級生のMさんが額を押さえていた。
おびただしい出血があり、悲鳴をあげてひどく混乱している。
見れば、最後部の座席のシートがなくなっている。
ついさっきまで人が座っていたのに・・・
衝撃によって飛んだ・・・ということに他ならぬ。
そのシートの下側の金具が血で染まっていた。
その時に至って初めて気付いたが
奇跡的にも、ワタクシ自身は
どこにもぶつからなかったようで外傷はなかった。
強い痛みを感じるところもなかった。
ワタクシたちは互いに安否を確認しあいながら、
二次災害を避けるため、とりあえず路肩に降り立った。
ちょうど路肩に近くに木が何本か生えていて、
他の参加者たちがその木の陰にMさんを寝かせ
介抱にあたっていた。
Mさんはその時点では意識はあったので
出血はともかくケガの程度は浅いと思われたが、
女性らは泣きじゃくっていた。
他にもケガをした人がたくさんいたし、
突然起こった事故に中国野次馬も集まってくるしで
誰もが動揺している状況。
その周辺は異様な混沌状態となっていた。
付き添いで来ていた北京語言大学の担当女性は
携帯電話で事故の件を通報していた。
が、山奥へ向かう途中の道での事象である。
救急車が来るにせよ、時間を要することが予想された。
韓国人留学生が、近所の店で買ったのであろう、
ミネラルウォーターを2本持って歩いてくるのが見えた。
また、バスを運転していた運転手のおじさんも
頭部にケガを負ったらしく、
タオルのようなもので頭を押さえていた。
このおじさんがとても申し訳なさそうな顔をして
介抱の現場を見て立っていたのが、妙に印象に残っている。
しばらくはただ呆然とするしかなかった。
少しして、バスの様子を見に行った。
事故が起こったとはいえ、
その脇を通るクルマが速度を落としている様子はない。
ここは中国。
近づくのは危険すぎるので遠目に見ることしかできなかったが
バスの左前方に、反対車線を走っていたトラックが突っ込んだようだ。
当時の走り具合からして、
双方ともに80キロ~100キロのスピードは出ていたと思う。
バスはもはや完全に走行不可能な状態となり果てていた。
↑事故の後に撮った写真が残っていた。
車体の左側は見るも無惨に破損していた。
⑰につづく。
2月中には書き切りたいと言っていたが
2月になった。
見方によっては、順調。
有言実行。
・・・・・・はい!カット!!
『12年前の今ごろ何をしていたか』
これまでの流れは
①→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/124/
②→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/125/
③→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/126/
④→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/127/
⑤→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/128/
⑥→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/129/
⑦→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/130/
⑧→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/131/
⑨→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/143/
⑩→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/144/
⑪→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/145/
⑫→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/146/
⑬→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/147/
⑭→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/148/
⑮→http://higashiindo.blog.shinobi.jp/Entry/159/
をご覧になっていただきたい。
金曜日の夜に出発した週末旅行。
列車は辺りが明るくなってもまだ走り続けていた。
その時間帯になると夜行列車の乗客はみな目覚めて
各々が行動し始めていた。
近くにいた自称「日本の歴史に詳しい」中国人のおっさんが
ワタクシたちが日本人であることを悟り
日本の歴史について語ろうと話しかけてきたことを覚えている。
そういった類の話をできるほど中国語が達者なわけではないので
(それができるとしたら相当のレベルだと思うが)
鎌倉時代の次が室町時代でその次が江戸時代で・・・みたいな、
単語をつなげた話をするだけ。
それでも、おっさんは満足していたようである。
その後、朝メシをどうしたか覚えていないが
夜行列車は鄭州の駅に到着。
北京に比べるとだいぶ素朴な風景の駅だった。
地方の繁華街ってイメージかな。
その時になって初めて、この週末旅行の一団は
ワタクシたち神田外語大学からの短期留学生が7名、
その他の日本人留学生が7名、韓国人留学生が1名、
北京語言大学からの付き添い担当の女性1名
(この女性が先生だったのかは不明)
の計16名だということがわかった。
あらかじめ組まれた旅程に従い、
ワタクシたち一行は山奥にある少林寺本山へ向かうことになった。
移動手段はバス。
いわゆるマイクロバスみたいなやつ。
ワタクシは、後ろから2列目の右側のシートに座した。
現地の旅行者のスタッフなんだろうが、
日本語が少々しゃべれますって感じの中国人女性が1人同乗して
それからの2日間、観光ガイドを務めてくれるとのこと。
このガイドの女性は持っている日本語能力をフルに使って
すごーく一生懸命いろいろ案内したり説明してくれたりしていた。
実際には、もうちょっとほっといてくれてもよかったが
本当に一生懸命なので、見ているこちらも同情した。
山奥へ向かうということで道のりは長い。
目的地の少林寺本山までは2~3時間かかるという。
国道のような道をバスは進むが
中国の地方の国道は、もはや無法地帯と思っていい。
車線を示す白線などないし、もちろん中央分離帯もなし。
実際には上りと下り、計5車線程度の設定なんだろうが
双方合わせて6車線分くらいのクルマが走っていた。
また道路自体もお世辞にもきれいに舗装されているとは言えず
感覚としては荒野を進んでいるようなイメージ。
そんな中を時速100キロとかで大きめの車がガンガン走っている。
一番左側(中国は車両は右側通行)で走ってたら
対向車線のクルマとのすれ違いが怖いだろーなーと思ったが、
その地ではきっとそれがごく当たり前の日常。
道路から5メートルも離れれば
レンガ作りの民家や飲食店が立ち並んでいたりするが、
あんな道路沿いで普通に住めるんだろうか?
果たして。
ま、住んでたんだけど。
もろもろ、深く気に留めず文化の差として捉えるべきと思った。
バスが走り出して最初のうちは、
週末旅行の参加者間での自己紹介取り交わしや
バスガイドの女性による1日のスケジュールの確認や
観光ポイントの紹介がなされた。
だがそういった話もやがて終わる。
・・・1時間以上走っただろうか。
山並みとレンガの民家、同じような風景の繰り返し中、
ひたすら長く続く道でバスに揺られていれば
人は自然と眠気に襲われるものである。
ましてや夜行列車でこの地に至ったワタクシたちであれば。
気づけば会話も途切れてなくなり、
他の参加者はみなウトウトとしていたが
ワタクシは寝る気になれず外をぼーっと眺めていた。
そして、ふと前方を見たその時。
左前方のトラックのフロントガラスがこちらを向いているのが見えた。
ん?
こちらを向いている??
その瞬間!!!!!
それは、ほんの一瞬の出来事だった。
これまでに体験したことのない、
とてつもない物理的衝撃!!!!!
その「一瞬」の後、
ワタクシは天井に目を向けて横たわっていた。
そして、ワタクシの真下に
2人の女性がなだれ込むようにして倒れていた。
ついさっきまで座席に座っていたはずでは・・・?
なぜワタクシの下に2人も人がいるのか?!
あまりに突拍子もない事態に、状況が飲み込めない。
ワタクシたちのバスに何かがぶつかったのか・・・
強烈な、いや、破壊的な衝撃により
ワタクシは瞬時に上方に飛んだようだ。
同時に、前の席に座っていた人が後方に飛ばされて
今、ワタクシの下にいるということなのか・・・しかも2人も。
そんなことが起こり得るのか!?
振り向くと、同級生のMさんが額を押さえていた。
おびただしい出血があり、悲鳴をあげてひどく混乱している。
見れば、最後部の座席のシートがなくなっている。
ついさっきまで人が座っていたのに・・・
衝撃によって飛んだ・・・ということに他ならぬ。
そのシートの下側の金具が血で染まっていた。
その時に至って初めて気付いたが
奇跡的にも、ワタクシ自身は
どこにもぶつからなかったようで外傷はなかった。
強い痛みを感じるところもなかった。
ワタクシたちは互いに安否を確認しあいながら、
二次災害を避けるため、とりあえず路肩に降り立った。
ちょうど路肩に近くに木が何本か生えていて、
他の参加者たちがその木の陰にMさんを寝かせ
介抱にあたっていた。
Mさんはその時点では意識はあったので
出血はともかくケガの程度は浅いと思われたが、
女性らは泣きじゃくっていた。
他にもケガをした人がたくさんいたし、
突然起こった事故に中国野次馬も集まってくるしで
誰もが動揺している状況。
その周辺は異様な混沌状態となっていた。
付き添いで来ていた北京語言大学の担当女性は
携帯電話で事故の件を通報していた。
が、山奥へ向かう途中の道での事象である。
救急車が来るにせよ、時間を要することが予想された。
韓国人留学生が、近所の店で買ったのであろう、
ミネラルウォーターを2本持って歩いてくるのが見えた。
また、バスを運転していた運転手のおじさんも
頭部にケガを負ったらしく、
タオルのようなもので頭を押さえていた。
このおじさんがとても申し訳なさそうな顔をして
介抱の現場を見て立っていたのが、妙に印象に残っている。
しばらくはただ呆然とするしかなかった。
少しして、バスの様子を見に行った。
事故が起こったとはいえ、
その脇を通るクルマが速度を落としている様子はない。
ここは中国。
近づくのは危険すぎるので遠目に見ることしかできなかったが
バスの左前方に、反対車線を走っていたトラックが突っ込んだようだ。
当時の走り具合からして、
双方ともに80キロ~100キロのスピードは出ていたと思う。
バスはもはや完全に走行不可能な状態となり果てていた。
↑事故の後に撮った写真が残っていた。
車体の左側は見るも無惨に破損していた。
⑰につづく。
プロフィール
HN:
東ヰンドの奇跡の賢者
年齢:
42
HP:
性別:
男性
誕生日:
1983/10/11
職業:
バルタン星人
趣味:
地味で地道なこと
自己紹介:
生粋の初田悦子ファン。
とにかくたくさんの人に “歌うストーリーテラー” 初田悦子 の歌を聴いてほしい!と心から願って生きています。
ジャグリングが趣味でしたが、最近はたまにやるくらいになってしまいました。
日本ビール検定2級所持。
マー○ャン(中国積み木)も幼い頃からすごく好きです。
Twitterアカウント:higashi_indo
とにかくたくさんの人に “歌うストーリーテラー” 初田悦子 の歌を聴いてほしい!と心から願って生きています。
ジャグリングが趣味でしたが、最近はたまにやるくらいになってしまいました。
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